敦はある大学の水泳部で活躍したことがあったが、今は肋膜を患い、鶴沼海岸近くの自宅で静養していた。身体もすっかり回復し、無為の毎日を送っている敦は、夏の夜明けの海岸で若い女と知り会った。敦は彼女の顔に、不安と動揺がかげのようにつきまとっているのを見て、惹かれるものをかんじた。それから問もなく、水泳部の仲間だった橋本たちが敦の家に遊びに来た。橋本は、その女がかつて同じ大学の水泳部におり短距離界のホープだった水沢亜紀子だと言う。敦は亜紀子と交際するようになった。だが、彼女が何者なのか皆目分らなかった。二人は砂浜で戯れ、海で泳いだが敦はひたむきに彼女を愛するようになっていた。一方、彼女の方はそんな敦に夏だけの交際だと言う。敦は亜紀子が、本当に心をひらいて語ることがないのに気づいていた。だから、初めての情事の夜も敦はみじめさに打ちのめされる思いを味わねばならなかったのだ。ある日、敦は亜紀子に金持ちの外国人の夫がいることを知った。敦に亜紀子の別の秘密を話したのは橋本だった。亜紀子は目下、夫の愛人を殺した容疑で裁判中だったのだ。彼女は自分を愛してくれているとばかり思い込んでいた夫に愛人がいたことから、男と女の愛を信じられなくなっていた。しかし、敦のひたむきな愛を受入れたために、燃えあがってしまった本能の炎を消そうとして苦しまねばならなかった。台風の訪れたある夜、敦と亜紀子は海浜のホテルで一夜を過した。そしてそれが二人の最後の夜だった。間もなく裁判が行なわれ、亜紀子は無罪の判決を受けた。法廷の外で待っていた敦は、自分を見向きもせず、初秋の街に消えていった亜紀子を、茫然と見送るばかりだった。
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