北海道--さいはての港釧路。霧の深いその街を、兵頭怜子は右手で関節炎を患って以来硬直してしまった左肘を抱え、ゆっくりと歩いている。父は、そういう娘を不愍に思って何回となく縁談をもってくるが耳を傾けない。その孤独な怜子の唯一の救いは、アマチュア劇団みみずく座の美術部員としての仕事である。幼馴染の久田幹夫も同じ部員で、お互に心の通じ合うのを感じているが、怜子の心の空虚は、彼によっても満たされはしない。怜子は、ふとしたことで、中年の建築技師桂木節夫と知るようになった。桂木の眼差の中に感じられる「ある空しさ」が、彼女の心を惹きつけたのであろうか。そして、怜子はある日、桂木夫人あき子が、達巳という青年と桂木家の近くの道端で抱擁しているのをみて、桂木の「空しさ」の原因を突きとめたような気がした。「大人の傷口にふれること」の興味が、怜子を積極的に桂木に近づかせた。その好奇心は、やがて桂木への激しい慕情に変って行った。そしてある日、桂木に誘われて阿寒国立公園へ出かけた怜子は、そこで初めて夜を共にした。桂木が孤独なのは、妻の秘密を知っているゆえだと語った怜子は、「お願い!今だけでいいの、私のことだけ愛して!」と泣き叫んで、桂木の胸に崩れて行った。帰宅してから、桂木からの電話にも出ないで床に臥す数日が過ぎたが、桂木が札幌へ出張したあと、怜子はあき子夫人に絵のモデルを頼み、幹夫と二人でたびたび桂木宅を訪れた。やさしい夫人の微笑は、母の愛に飢えた怜子の心をとらえ、怜子は罪の意識におびえるが、桂木への愛情はいやまさり、札幌の桂木のもとへ走らずにはいられなかった。そして、あき子と離婚するという桂木に、「今のままでいいの。私をただのアミーにしておいて」と怜子は泣きじゃくって、うったえるのだった。釧路に帰って、怜子はあき子夫人にぶっつけるように、桂木と過ごした夜のことを打ち明けた。夫人は「自分を大切にしなければ……」と静かに微笑するだけであった。そして、霧の深い夜、あき子夫人は自らの命を絶った。そのデスマスクは、気高いばかりに美しく、胸には怜子の贈った十勝石のネックレスが光っていた。みみずく座の公演が迫った。団員たちと公演地へ向う怜子は、トラックの上で、もう逢うことはないであろう桂木への思慕にうずく胸の中で、哀しい「ママンへの挽歌」と、彼女の「青春への挽歌」をくちずさむのであった。
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