山口県萩市。萩中学ボート部の小野寺牧人は、開校以来の秀才として知られていた。父の宏一は女学校の教師、母の信子は自宅で生花を教えていた。牧人は、彼女たちの人気の的だったが、母の生徒の中に行友夕子を発見した時の驚きは忘れることが出来なかった。牧人が城跡を散策したある日、立入り禁止の断崖で泣いていた女性、それが夕子だった。夕子は青年士官のもとに嫁いだが、戦争が夫を奪い去り、僅か三ヵ月で未亡人になってしまった。牧人はそんな夕子に想いをよせ、彼女を不幸に落しいれた戦争を恨んだ。やがて、牧人は夕子の家の廻りをうろつき、顔を合わせる機会を狙った。夕子は牧人の一途な思慕を優しくたしなめた。だが、夕子は自分の心に、純真な牧人の愛が浸みこんでくるのを、消し去れなかった。太平洋戦争勃発の日が来た。牧人の父は転任し、萩に残る牧人は、夕子の妹弓子の口添えで、行友家に下宿した。牧人の前に海軍士官の戒能が現われたのは、それから間もなくのことだった。戒能は夕子の亡夫の後輩で、夕子をひそかに愛していた。牧人は男性的な戦闘機乗りの戒能から、戦争の意味について聞かされ感動した。やがて、二人は戦争の後に来る時代のために、お互いに苦しみ、耐え抜こうと励ましあった。牧人が、三高志望から海軍兵学校受験に踏み切ったのはそんな事情からだった。戒能と夕子は、牧人が海兵合格の日に仮祝会をあげた。牧人は二人の前途を祝したものの、淋しさを味わずにはおれなかった。江田島の猛訓練は牧人を逞しく成長させ、終戦の詔勅が下った。しかし、神風特攻隊に加わった戒能は南方に散り、萩に復員した牧人は、もはや母や自分を愛していた弓子と、再会することは出来なかった。荒廃した行友家を訪れた牧人は、夕子から、貴男がもう五年早く生まれていたらと愛の告白を受けた。夜が更けて、二人は結ばれた。その時、夕子は、弓子の代りよ、と言い残した。翌朝、夕子は城山で美しく死でいったのだった。...
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